社長通信(Never Ending Story) vol.129
みなさん、こんにちは!
今週も【社長通信】をお届け♪
~心の玄関~
誰もが寝静まった静かな夜に、
家の玄関を「コン、コン」と叩く音がします。
不審に思ったあなたが
ドアスコープから覗いてみると、
そこには見知らぬ来訪者が立っています。
そして淡々と「入れてくれ」と言ってくる。
あなたはどうするでしょうか?
おそらく
「どうぞお入りください」とは
言わないでしょう。
むしろ警戒するはずです。
怒りという感情の本質は、
本来静かで淡泊なものかもしれません。
怒りは私たちの心の「住人」ではありません。
ただの客です。
突然やって来ることもあれば、
長居することもあれば、
いつの間にか居なくなっていることもある。
家主である私たちは、
この来客を招き入れるかどうかを
自由に選んでいいはずです。
これまでの人生を振り返ってみましょう。
感情のままに振る舞って
良い結果に終わった出来事
(特に人間関係)は、
いったいどれだけあったでしょうか。
怒りと自分の人格を混ぜてしまった瞬間、
色々なものが壊れてしまった経験があるはずです。
怒りを自分そのものだと勘違いしてしまうと、
客(怒り)が来た瞬間に玄関を開け放ち、
「どうぞ奥へ!キッチンも寝室も
全部好きに荒らしてってください」
という状態になります。
人生がめちゃくちゃになってしまいますね。
逆に、
「おう来たんか。今日は帰っとけ」
と玄関先で軽くあしらえるだけで、
選択も行動も、その結果である未来も、
確実に変わっていくのではないでしょうか。
表現を変えるなら、
怒りとは火のようなものです。
必要なときに正しく使えば
役に立つこともありますし、
逆に使い方を誤れば
大火事になることもあります。
大切なのは、
怒りと自分を混同しないこと。
距離を置いて眺めること。
客は客、自分は自分です。
この見分けができれば、
より正しい判断ができるようになります。

心理学者アドラーは
「怒りとは出し入れ自由な道具である」
と言いました。
また、お釈迦さまは
「怒りは私自身ではない。
ただ生じ、ただ消えるだけの現象である」
と説かれています。
さらに最新の脳科学では、
怒りによって脳の前頭前野
(理性や判断を司る部位)の血流が低下し、
IQが一時的に20~30ポイントも
低下することまで確認されています。
やはり短気は損気ということです。

怒りは客に過ぎません。
心の玄関を開けるかどうかは、
家主であるあなたに選択の自由があります。
誰かがノックしてきたら、
まずは一時停止して
スコープからそっと覗いてみましょう。
そして「これは客か?それとも私か?」
問いかけてみましょう。
このワンクッションがより良い未来への
第一歩になるのではないでしょうか。
今週も当たり前のことに感謝しながら、
末広がりの明るい未来を見据えて、
2度とない「いま・ここ・わたし」を
大切に生きましょう。
この1週間の先に、
あなたは誰の咲顔を描いていますか?
明日のために今日、
幸せの種を蒔こう。
すべては、私たちの明日の咲顔のために!
To be continued…