社長通信(Never Ending Story) vol.142
みなさん、こんにちは!
今週も【社長通信】をお届け♪
~お天道様が見ているよ~
一般的な経営論では、
「いかに利益を残すか」
「いかに資本効率を上げるか」
「いかにライバルに勝つか」
といった、
損得や合理性をベースに
物事を組み立てていきます。
それ自体はもちろん大切で、
会社を存続させ、
従業員の生活を守るためには、
数字で物事を考えることは絶対不可欠です。
大学の経営学部や商学部でも、
こうした内容を中心に
学ぶことが多いのではないでしょうか。
しかし、
実際の会社はそれだけでは回りません。
むしろ本当に大事な経営判断は、
そろばん勘定だけでは
答えが出せないのではないでしょうか。
この契約は儲かる。
でも本当にやっていいのか?
この説明は法的には問題ない。
でも誠実と言えるのか?
この人事は合理的だ。
でも理念と矛盾しないか?
現実の経営とは、
こうした問いの連続であり、
数字は損得の基準にはなりますが
善悪を測ることはできません。
では、
何を基準に経営判断すべきなのか?
ずっと考えてきて、
たどり着いた私なりの答えがあります。
それは「神仏祖先に恥じないか」です。
きっとみなさんも幼い頃に
「お天道様が見ているよ」
と教えてもらったことがあるでしょう。
例え誰も見ていない場面でも、
神仏やご先祖さまはいつも私たちの幸せを願い、
見守っていてくださるはずです。
そのような思いに恥じることはないか?
これが私の物差しです。

神仏祖先という言葉に抵抗があるなら、
「子や孫」に置き換えて
考えてみてもいいでしょう。
澄んだ瞳で見つめられながら
「ねえ、お父さん(お母さん)は
なぜその判断をしたの?」と問われたとき、
胸を張って答えることができるでしょうか?
これは言葉を変えれば
「人間として正しいか?」
ということです。
目先の損得ではなく、
時を超えて恥じることはないか?
結局、経営の最終意思決定に必要なのは、
難しい財務分析や横文字だらけの経営論ではなく、
このような道徳観ではないでしょうか。
あなたの良心は要所要所で
「これは間違ってるよ」と
囁いているはずです。
その小さな声に耳を塞いでいると、
やがて何が正しいのかわからなくなって、
損得以外の軸を失ってしまいます。
損得だけを唯一の基準にすると、
やがて利己へ傾いていきます。
利己を基準に人生を歩んでいけば、
結果的に自分以外のすべてを
敵に回すことになり、
長い目で見れば必ずどこかで行き詰まる。
これは歴史が証明しているところでしょう。
利を求むるに道あり。
人の道を外れて商いはないと思いますが、
いかがでしょうか?
今週も当たり前のことに感謝しながら、
末広がりの明るい未来を見据えて、
2度とない「いま・ここ・わたし」を
大切に生きましょう。
この1週間の先に、
あなたは誰の咲顔を描いていますか?
明日のために今日、幸せの種を蒔こう。
すべては、私たちの明日の咲顔のために!
To be continued…